へんずブログ

ひたすらに理想を見ていたい

本当のブラック企業は受け手の思想にある

こんにちはけむりです。

 

ブラック企業、好きですか?

僕はかつて好きでした。

 

職業柄、多種多様な人生を送ってきた人達と関わりがあり、色んな話を聞くことは、多少なりとも自分の人格形成に影響があるように思います。

そんな人達は、色んな社会経験をしてきた方々な訳なんですが、その人達が社会というものを語る時、「ブラック企業」という言葉は聞きません。

今ではブラック企業だと言われるような事も、さも英雄譚のようにお話になられるのです。

 

ブラック企業とは、なんだ。

偏見混じりの独談です。

 

まず私が以前働いていた会社の話をすると、

それは東証一部上場の広告代理店の営業部でした。

この会社を志した理由は、就職活動時、数々の説明会を聞く中、一番厳しい営業会社に入って自分を鍛えようと決めていたからです。

私の中で決めた会社は、それはそれは素晴らしく、そして、今でいうブラック企業だったのかもしれません。(というか当時も言われていました。)

 

元いた会社のブラック企業っぽいところ

 100人の支店に対し、事務員が1名でした。

 全国に15拠点ある支店の一つに在籍しましたが、事務員が圧倒的に足りず、殆どの営業マンが事務作業を一人で行いました。

 与えられた営業時間は決まっている為、終業の20時でタイムカードを切り、全員がデスクに戻り事務作業を行います。終業時間が統一されしまっていた為、「怪しまれる」という理由でタイムカードを切る時間をそれぞれずらしたりしていました。

その会社は、ノルマがありませんでした。

 一見綺麗に見られがちですが、営業会社でノルマがない事の地獄は、体験者は分かるかと思います。営業成績の基準ラインが無ければ、終りが見えません。営業粗利で一番を取れば、より上の目標を宣言することになり、上司からも期待値が上がります。新人で、まだノウハウもなくがむしゃらに稼いだ粗利を、継続して出すためには、より時間を弄して営業するしかありませんでした。

 更にノルマ無しの制度は、営業成績が上がらない人に優しい営業マンにプレッシャーがかかります。ノルマがない為見限られる事がありません。向いてないなど思わせる事もさせず、努力を敢行させられます。環境が、諦めさせる事を許しませんでした。

直属の上司が辛辣でした。

若くして係長になった直属の上司は、 一年目、私が成績を上げれなかった際、「何故出来ないのか、迷惑かけるなら死んでくれ」とよく言われていました。私は幼少期、親に「死ね」という言葉は一番言ってはいけないと育てられてきた為、冗談であったとしてもその「死ね」という言葉は深く刺さりました。口癖のように発せられる辛辣な言葉は苦しく、更には、会社内での罵声は周りの人間に届き、死ねと言われた人間へ向けられる視線で心から情けなくなりました。

言われないように更に努力を重ねました。

ようやく言われなくなった時、私にとっての「死ね」という言葉の重みは薄れていました。

昇進スピードが異常でした。

 年に二回、昇進の機会が与えられ、営業成績上位者は役職を与えられます。営業会社では早期の昇格は多いようですが、役職を与えられると、チームを任せられます。更に上がると部下が出来ます。

 部下が出来ると、部下の営業成績を上げる事を求められます。かつ、自分の営業成績を落とす事も出来ません。そうなると営業時間は必死に営業し、営業時間外に部下との営業トークのロールプレイング・提案書の見直し・知識研修を行いました。それが終わってたからようやく、自分の事務作業に戻ります。

 残業するなら手当をつけろと本社には言われていましたが、「部下の為に使う時間は残業では無い」との理由で残業手当はつきませんでした。

会社中心の生活サイクル

そうなると、帰宅時間が0時を過ぎるようになります。

部下からは始業前のロールプレイングを求められている為、早起きして出社するようになりました。但し、決められた勤務時間はありましたので、タイムカードは切りませんでした。

 帰宅後も部下の為に施策を考え、イベント時には会社で朝を迎える事もありました。

当然、年中忙しい為有給を取る人はいませんでした。

会社が大きくなりましたが、殆どが内製でした。

業務の幅が広がり、新しいビジネスに手を出し始めると、営業マンでは出来ない仕事も与えられるようになりました。

しかし利益面から殆どが外注せず、ゼロから内製することになりました。

元々パソコンで遊ぶのが好きだった私は、営業で獲得した顧客のその後まで仕事をさせてもらえるようになりました。店舗レイアウトの提案、ホームページの作成、大型案件になればCM活動も行いました。

 交通費がかからない場所に引越しました。

 当初は実家通いでも通勤に苦労が無かった為、1時間程の通勤を全額支給の通勤手当で行なっていました。ただ、1度目の昇進した辺りで、役職者会議で経費削減を目指す旨を伝えられました。

後日本部から上司が来店された際、通勤手当を貰っている者が一人ずつ呼び出され、交通費という人件費を削減する為、会社と近い距離の賃貸物件を勧められました。

理由は、家賃補助が一切無いからです。

部下との食事はこちらの全持ちでした。

伸び悩むけど頑張っている部下がいれば、上司から相談され、食事に連れていきます。

熱く語り、共に伸びていく事を誓い、美味しいご飯を食べます。それを奢る事で、仕事ができる人はこんなに稼いでいるんだ、と見せつけます。ですが本当に足りない時は、消費者金融に頼る時もありました。

社長・副社長の来店時には、食事会の選抜メンバーが決まっていました。

上司に気に入られた社員は毎回食事会に呼ばれました。当時大好きだった先輩から、俺たちの食事会での役割は、女性社員を守る事だと言われました。

酔いが回った社長は、女性社員を隣に置きました。そこに満面の笑顔で私達が割り込みます。

「社長、もっと私と話してくださいよ〜」

セクハラをされないように女性社員の間に座り、全力でトークを行います。社長の英雄譚を、最高の気持ちで受け取ります。

 そしてベロベロに酔った社長は食事会終り、ホテルに女性社員を二人ほど指名し連れて行きます。疲れた身体にマッサージをしてもらう為です。

そこでまた、私達は社長の目の前に立ち、深くお辞儀をしてお願いします。

「まだお話し聞きたいので、私も連れて行ってください!」

 そこから選ばれた男性社員は、ホテルに着いた社員の服を着替えさせ、ベットに寝かせます。用意されたウイスキーを水割りし、ベットの脇の机にタバコと共に置きます。

女性社員が肩を揉めと求められた時は、1.2分後に代わり「私がやります!」と割って入ります。

1.2時間後、ホテルから出る時にそれぞれハグを求められます。酔いも十分回っている為、女性社員のお尻に伸びた手を「まあまあまあ!」と満面の笑顔で引き止めます。

外に出て、焦燥した女性社員に対し、上司の場合はお礼を言い、部下の場合は「酔ってなければ仕事の出来る最高の人だから、気落ちしないで欲しい。」と伝えて、タクシー代を渡し帰らせます。

退職者に対しての対応がスピーディでした。

 営業成績が上がらなかったり、自分に合わないと感じた社員が退職したいという旨を伝えると、支店長は明日から来なくていいと言います。理由は「モチベーションが違う人間が一日でもいると、士気が下がる」からでした。

翌日からほんとに来なくなってしまうので、業務の引き継ぎは、その日に行います。

終わらない場合は翌日電話で対応します。

 

 

それでも私の中ではブラック企業では無かったのです。

今こうやって書いてみると、異常性が際立ちますが、この会社にいる期間は、ブラック企業に勤めている自覚はありませんでした。学生時代の友人と会った時も、みんな同じ様に働いていると思っていましたし、自分の話をするのに多少の誇らしさがあったように思います。

なぜここまで自覚がなかったのか。

理由は、社員の質と宗教の様な一体感にありました。

社員の質

生き残っていく社員は本当に優秀でした。上司は部下を育てる天才に見えましたし、社長のロビー活動は本当に格好良く、副社長のトークはどんな自己啓発本より面白かったんです。

仕事終わりの食事会も苦ではなかったですし、あと単純ですが、みんな身体が丈夫でした。

全員の能力値が高く、そうなると会社も大きくなっていきます。その為、凄い会社に勤めているという自負がありました。

 

宗教の様な一体感

社長一代で築き上げられた会社の為、一体感が強く、社員一人ひとりに社長の威光が届いていました。社長のビデオメッセージが届けば食い入る様に見つめ、社長のアイデアや夢は、社員全員の夢になりました。上司の脳内に合わせる事で、より業務が効率化され、成長スピードが上がりました。

それは重度の宗教信者と同じように思えます。

周りから、一般常識から何を思われようと、正解が自分の中に確立している限り、それは間違っていないと確信してしまうのです。実際僕自身思っていました。

 

私が会社を辞めた理由

私が見えていなかったモノ

辞めた理由は、まずは身体が限界に気付いて壊れ始めたこともありますが、大きな理由はとある同期の退職でした。

同じスピードで出世してきた仲間で、彼には常に独立志向がありました。彼は優秀で、素晴らしい人材で、つまりは私よりも会社を外から見ていました。

しかし残念ながら彼の独立は叶わず、入社して三年目、実家のふとん屋さんを継ぐ為に退職する事になりました。

辞める前に彼と話した時、それまで辞めてきた同期と共に食事に行くことに。

気付けば全国で80人程いた同期はほぼ退職しており、私の支店では16人いた同期も3人になっていました。

私以外集まった皆はそれぞれ別の道を歩んでいました。

その時、会社を知っていた仲間だからこそ教えてくれる様々な他会社の話を聞かされました。

私は、退職して行く社員を一切見ていなかった事に気付きました。

各々が退職する理由を、私は気にした事がありませんでした。皆、辞めた理由は上記に羅列した社内間環境からだったのです。

そこに目を向けた時、私は別の場所を探そうと決めました。

上司が見ていなかったモノ

上司も辞めていく人間に無関心でした。

直属の社員達は悲しみ寂しがり、引き止めようとしましたが、トップや経営陣は、末端で退職していく人間を無能と決めつけ惜しむ事をしませんでした。宗教感の強い会社なので、その思考は社員に広がり、退職者が間違っているという結論に至ります。今でも、あの会社で働いている人達は、キラキラした瞳で向上心高く働いているのでしょう。

 

過重労働で自殺者が出たりする昨今、メディア報道など、ブラック企業は外部からの印象で気付く人達が多くいるように思います。

内部告発で変わる会社もあるようですし。

ただ、ブラック企業で生き抜いている人達は、生き抜けなかった人達よりも多数派なのが現状であると思います。

だからこそ、そこを生き抜いた人達はそれを苦と思っていない為、新しい人材にもそう語るのです。

 

ブラック企業は受け手の思想にある。

自分に合った環境であれば、素晴らしい人生を過ごせるだろうけれど。

本当に合っているかどうかは、改めて見直してみるといいかもしれません。

 

 

駄文終わり。

最後まで読んだくれた方、ありがとうございました。