へんずブログ

所感についてはほぼ日記です。

【書評】「君たちはどう生きるか」を《私》はどう読んだか

こんにちはけむりです。

 

最近話題になってる「君たちはどう生きるか」にようやく手を出しまして、読んで良かったです。

 

【文庫 】君たちはどう生きるか (岩波文庫)

【文庫 】君たちはどう生きるか (岩波文庫)

 

 



 

 

今回はこの小説の魅力・面白さを所感として書いてみます。

 

吉野源三郎氏が書いた道徳小説の古典で、初版は80年前です。

 

2017年には羽賀翔一さんにより漫画化され、同年スタジオジブリ宮崎駿監督の新作のタイトルも同作から取っているようですね。

漫画 君たちはどう生きるか



 

 

 

1.どう現代で再復活したのか

 何故80年も前の作品が再び現代で流行っているのか、それは、今の大人が伝えたい教養を伝わり易く書かれているからだと思います。

 

 それを更に漫画化し、更にはスタジオジブリでアニメ化される。より伝え易くしてまでも、大人が伝えたい事とは何なんでしょうか。

 

 特に宮崎駿監督については、テレビやジブリの展覧会でも現代教育への提言や、未来への憂いを形にされてますし、教育に関しては自身を園長として幼稚園までやっているようです。

 その監督が今回再復活として今作を選んだのは、相当な共感と思いがあったんじゃないかと思います。

 

2.どう面白く道徳を伝えるのか

  2-1.コペル君と叔父さん

 本作では幼年のコペル君と、コペル君の叔父さんを中心に二つの世代が絡み合い物語が展開します。

 

 このコペル君が超良い子。

 

とりあえずここだけで読む価値はあります。

 

 80年前だとしても、変わらない子供の好奇心や純真さに大人達が一生懸命ヒューマニズムを伝えて行くのですが、この形が大きく伝わり易さに影響しています。

 

 

  2-2.具体例から「気づき」を与える

 道徳って私も小学校で時間割に組み込まれていたのですが、ほぼ何したか覚えていません。

 

 それは興味を持つ気にもならなかったから、つまりは自発的でなかったからだと思います。

 

 なので道徳って、自分で気づいてこそ自分の教養として活かせるものだと思います。

 

 だから「授業」として遠い存在の「道徳」を語られてもその距離は遠く人格に影響するほどのものにはなりません。

 

 ・人を殺してはいけない

 ・物を盗んではいけない

 ・人をいじめてはいけない

・怠けて生きてはいけない

 

言ってしまえば当たり前の事を、今作では叔父さんがコペル君に教えます。その伝え方が素敵で、コペル君との手紙のやり取りや日常会話の中で、具体例を交えて自発性を促していふように読み取れます。

 

 それは、ナポレオン・ボナパルトの英雄譚から、ニュートン万有引力の法則から、コペルニクスの地動説から、著名人を引き合いに出し、言葉巧みにコペル君を惹きつけます。

 

 子供って理由もなく大人に憧れてる物だと思うのですが、何故憧れるのか、何故凄いのかをしっかりと丁寧に伝えています。

 

 例えばニュートンが林檎が木から落ちるのを見て万有引力の法則を見つけた点についても、その「凄い」を単純にして終わらせず、何故その法則に気付くまで至ったのか、本当に凄いのはニュートンのどの行動にあったのか。

 

 それを視点を落として伝えているのが印象的でした。

 

  2-3.どう自分と置き換えるか

 私は人格者では無い自覚がありますし、人に道徳を説く教養もありません。

 

 ただこの小説の中では、時にはコペル君と共に幼少期の自分と置き換え、友人や叔父さん・日々享受している物事の「有り難さ」を感じ、

 

 時には叔父さんの立場に立って、言い換えれば今を生きる大人として、未来ある子供への感動を共有出来ました。

 

 この二つの世代に自身を置き換えれるからこそ、この本を大人が読むべきと言われている理由だと思っています。なんというか、遠い話なんですけど実感しやすいんですよね。

 

4.どう名言を心に残すか

 本作で特に印象深かった部分を紹介します。

思わずドッグイヤーつけたシーンです。

 

 世間には、他人の眼に立派に見えるように、見えるようにと振舞っている人が、ずいぶんある。そういう人は、自分がひとの眼にどう映るかということを一番気にするやくになって、ほんとうの自分、ありのままの自分がどんなものかということを、つい、お留守にしてしまうものだ。僕は、君にそんな人にそんな人になってもらいたくないと思う。 (56p)

 

コペル君!「ありがたい」という言葉によく、気をつけて見たまえ。この言葉は、「感謝すべきことだ」とか、「御礼をいうだけの値打がある」とかという意味で使われているね。しかし、この言葉のもとの意味は、「そうあることがむずかしい」という意味だ。自分の受けている仕合せが、めったにあることじゃあなきと思えばこそ、われわれはそれに感謝する気持ちになる。(136p)

 

両方共、叔父さんからの手紙から抜粋しています。コペル君に対して、未来を生み出し続けている子供達に対しての、熱量の高いメッセージでした。

 

まとめ

 誰かが一生懸命に産み出したものを、誰かもわからずに消費し続けるだけの現代で、誰かの為に善行を行う、みたいな感覚ってやろうと思っても簡単に薄れてしまうような気がします。

 

 その「誰が」が分からないと心に届いて来ないし、印象的で無いと記憶って薄れるし、誰もが自分本位であると私は思うので。

 

 ただ、素晴らしい映画を見たり、泣ける歌を聞いたり、自分が心から素晴らしいと思ったことは中々忘れられないと思います。

 

 

  ならば、誰もが共感できる幼少期の経験談や、誰もが羨望する英雄譚から、心をしっかりと捉えた上で行う知育については、きっと、教えられた人の心に残るのだと思います。

 

 ふとワガママになったり、いらついたり、泣きそうになったりした時は、しっかりと人間らしさを思い起こしましょう。

 

 立派な人間に思われるのではなく、立派な人間になりたい自発的に思う事で、その精神は根付き、行動として現れるのだと思います。

 

 私はこの本を読み終わり、情けないながら、読むのが遅かったと感じてしまいました。勿論得る事が多い作品であったのですが、

 

もう私は偏見なく相手の教養教育を受けらる子供にはなれないし、子供達に教えられる程立派な人間なれてはいません。叔父さんも、その辺は迷ったりしたのでしょうか。

 

最後に、この本を読み終わった時、司馬遼太郎の「二十一世紀に生きる君たちへ」を思い出しました。

 

 

 司馬遼太郎の伝えたかった事、少しでも誰かに届くでしょうか。ネットに転がってたのでお借りして載せときます。

 

 

http://www.midorii-clinic.jp/images/index/season110905_12.pdf

 

 

 

ここまで読んでくれてありがとうございました。

 

 

 

 

さて、君はどう生きますか?